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【顔画像】山縣亮太の家族構成!父親は経営者で母が美人!兄も陸上経験者【エピソード】

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日本陸上短距離走のエース・山縣亮太さん。

2016年のリオオリンピックでは、400メートル走のメンバーとして見事銀メダルを獲得。

今回の東京オリンピックには、100メートル走の日本代表として出場します。

また、日本代表のキャプテンもつとめることになり、陸上の実力だけでなく、リーダーとして精神的な主柱も担うことになっています。

そんな山縣亮太さんの気になる家族構成や父親や母親、兄弟について気になるところを調べてみました。

この記事では

  • 山縣亮太さんの家族構成
  • 山縣亮太の父親の年齢、職業、顔画像、エピソード
  • 山縣亮太の母親の年齢、職業、顔画像、エピソード
  • 山縣亮太の兄の年齢、職業、顔画像、エピソード

についてまとめています。

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【顔画像】山縣亮太の家族構成は4人!

山縣亮太さんの家族構成は以下の通りです。

  • 父親:山縣浩一さん
  • 母親:山縣美津恵さん
  • 兄 :山縣昌平さん
  • 本人:山縣亮太選手

では、一人ずつ見ていきたいと思います。

【顔画像】山縣亮太の父親は経営者!

山縣亮太の父親出典:アスリートママ

まずは、山縣亮太さんの父親についてです。

山縣亮太さんの父親の名前は山縣浩一さんです。

2021年時点で61歳。

とても優しそうなお顔をされていますね。

山縣浩一さんは地元の広島で、「スポーツのニシヒロ」というスポーツ用品店の社長をされています。

山縣亮太の実家出典:decopachi.com

つまり、経営者ということですね!

陸上で成績を上げようとすれば、相当スパルタの教育だったのではと想像しますが、浩一さんの場合はちがったようです。

浩一さんは、山縣亮太さんが小さいころ、勉強をしなさいと注意したことはあっても、陸上のことで怒ったことはなかったといいます。

浩一さんは、山縣亮太さんの子育てについては「ほめて伸ばす」ことを意識していたのだそうです。

しっかりとしつける部分はしつけたものの、「ほめ続ける」ということを常に心がけていたとのこと。

浩一さんの、抑えつけたりしかりつけたりしないという教育が、山縣亮太さんが陸上に嫌気がさしてしまうということがなかった理由なのかもしれませんね。

その背景には、浩一さんに陸上の経験がなかったことがあったようです。

当時のことを振り返って、山縣亮太さんは父親のことを次のように語っています。

「足が速くてどこに行っても褒めてもらえた。褒めてもらえると本人は嬉しくなって頑張るんです。試合に出て一番になって、ほとんど負けることがなかった時は、タイムがいいか悪いか僕には判断基準がなかったんですね。だから『よかったね』って褒めることはあっても、怒ったことがないんですよ。だから、陸上を嫌いにならずに済んだ。」

引用:Yahooニュース

なまじっか陸上の経験がなかったので、陸上のことで自分と比べたり、他の選手と比べたりすることがなかったのが、山縣亮太さんにとってはよかったということですね。

陸上に限らず、子どもが何かをがんばろうとするとき、だれかと比べるというのが一番悪いことだといわれますね。

「お前は若いときのオレに比べて…」とか、「ほかの選手はもっとできるのに…」などといわれるとそれだけでやる気がなくなってしまうというものです。

もし比べるとすると、昨日の自分と比べるべきだといわれます。

浩一さんの「ほめて伸ばす」という教育法は見習うべきといえますね。

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【顔画像】山縣亮太の母親が美人!

次に、山縣亮太さんの母親についてです。

山縣亮太さんの母親の名前は美津恵さんです。

2021年時点で64歳。

美津恵さんは山縣亮太さんの父親である浩一さんより3つ年上という姉さん女房です。

美津恵さんの顔写真がこちら。

山縣亮太の母親出典:Camp日和

上品でとっても美人な方ですね。

浩一さんと同じく、とても優しそうな方です。

実は山縣亮太さんは低体重で生まれてきたのだといいます。

今の体格の良い山縣亮太さんからは想像もできませんが、予定よりも早く生まれたということで低体重児だったのですね。

山縣亮太さんが生まれたのは1992年6月10日。

生まれたときは1730グラムだったそうで、予定よりも2か月も早く生まれたことが原因でした。

低体重で生まれてきた山縣亮太低体重で生まれてきた山縣亮太

新生児集中治療室(NICU)で55日間治療を受けることとなりました。

生まれてすぐのころは、体中にチューブがつけられ、その姿を見た美津恵さんはとても心配されたそうです。

その後、体格もよく立派に成長した姿を誰よりもよろこんでいるのは美津恵さんかもしれませんね。

そんな自分を懸命の思いで育ててくれた両親に対して山縣亮太さんは本当に感謝しているとのこと。

今も、朝起きると両親のいる広島の方に向かって手を合わせているのだとか。

いいお話ですね。

また、美津恵さんは大のお酒好きだといいます。

山縣亮太さんが初任給でお母さんである美津恵さんにプレゼントしたのは、梅酒だったそうです。

このときの梅酒はさぞおいしかったでしょうね。

山縣亮太さんがリオオリンピックに出場が決まったとき、美津恵さんは山縣亮太さんに手紙を送ったそうです。

その内容がまた、感動的なものでした。

「両親がいなければここまで陸上を続けてこれなかった」と感謝の想いを述べた山縣に、サプライズで母からの手紙が読まれた。
「こんなに恵まれた母は世界中のどこを探してもいないと思います」というメッセージだった。
「母親の言葉は心に刺さります。本当に嬉しかった」
引用:CYCLE

互いに感謝しあっている親子なんですね。

そんな感謝の気持ちを忘れないからこそ、今の活躍があるのだと思います。

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【顔画像】山縣亮太の兄も陸上経験者!

山縣亮太の兄出典:facebook

そして、山縣亮太さんの兄についてです。

山縣亮太さんの兄の名前は昌平さんです。

昌平さんは2つ年上のお兄さんです。

山縣亮太さんが2021年現在29歳ですので、昌平さんは31歳ということになります。

実は、山縣亮太さんが陸上をはじめるきっかけになったのが、お兄さんである昌平さんだったといいます。

というのも、昌平さんも陸上の選手をされていたのです。

山縣亮太の兄出典:facebook

お兄さんが陸上の大会に出場し賞を取ると、山縣亮太さんは「自分もあんなふうに活躍したい」と思うようになったのだとか。

山縣亮太さんが陸上を意識したのは、小学3年生のときのこと。

お兄さんが広島市のスポーツ交歓大会の100メートル走で7位に入賞し、賞状をもらって帰ってきたのだとか。

その賞状が大きくてとてもうらやましかったといいます。

そして、山縣亮太さんが小学4年生のときのこと。

学校の代表として陸上の大会に出場し、100メートル走で見事優勝したのでした。

こちらが、そのときの山縣亮太さんの様子です。

小学時代の山縣亮太出典:NHK

結果は、ぶっちぎりの1位だったといいます。このころから、才能も努力も人一倍のものがあったようです。

スポーツ選手として活躍する人は末っ子の人が多いとよく言われますね。

これは、あこがれの人が近くにいるということや教えてくれる人が近くにいることが原因だといわれています。

有名なところでいうと、野球のイチロー選手や大谷翔平選手、テニスの錦織圭選手、フィギュアスケートの浅田真央選手、羽生結弦選手はすべて末っ子です。

兄に憧れて陸上をはじめた山縣亮太さんでしたが、学校代表として出場した競技会でその走りがクラブの関係者の目にとまり、本格的に陸上をはじめることとなりました。

つまり、お兄さんがいなければ、陸上選手・山縣亮太は誕生しなかったことになります。
昌平さんの現在については、あまり詳しいことはわかっていません。

ただ、山縣亮太さんが憧れるほどということですので、運動神経はかなり良い方だろうと思われます。

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山縣亮太の家族構成まとめ

今回は山縣亮太さんの家族について調査しました。

  1. 山縣亮太さんの家族は、父親、母親、兄の四人家族。
  2. 山縣亮太さんの父親である浩一さんは地元でスポーツ用品店を経営。
  3. 山縣亮太さんの母親である美津恵さんは浩一さんより3つ年上の姉さん女房。
  4. 山縣亮太さんの兄である昌平さんも陸上をしていた。

父親は、陸上の経験がなかったこともあり、山縣亮太さんについては「ほめて伸ばす」という教育法を貫きました。

母親は、なかなかの美人です。

早産で生まれた山縣亮太さんが、今のような活躍をしているのを一番よろこんでいるのは美津恵さんなのではと思われます。

そして、山縣亮太さんは兄の姿を見て陸上を始めたということが今回の調査でわかりました!

感謝を忘れない山縣亮太さん。

日本の短距離陸上界を引っ張っていくエースでキャプテンとして今後の活躍が期待されます。

これからも応援していきたいですね。

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